ドイツの国章の歴史

皆さん、こんにちは。しのぶです。

毎日、横丁の小鳥さんたちと触れ合っていると、
例えば朝の通勤電車の中で「私は一体どんな鳥に
興味があるかな?」と自問する時があります。

そんなことに思い耽っていた時のことでした。
ふとドイツの国章が目に入ってきました。

ベルリンに来ると決めた時、初めてまじまじとみたドイツの国章。
「カッコいい!!!」。それが私の第1印象です。
その時はちょうどサッカーのワールドカップが行われたこともあり、
この国章のシャツがそれはそれはカッコよく見え、
最終的に購入しました。もちろん私の名前入りです!

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そんなドイツの国章とは!?鳥のマーク、つまりは「鷹」が
シンボルになっています。

思えば、毎年春に白鳥さんを目にする度に心が弾み、
昨年には数時間の間、公園でずっと見学して
それにより素晴らしい気分になれました。
「あぁ、私は大きい鳥が好きなんだわ」と、自分の
隠された興味に気が付きました。

ドイツの国章に鷹があしらわれている理由を
夫に聞いてみましたので、こちらで紹介したいと思います。

現在のドイツの国章は、13世紀初頭に定められた神聖ローマ帝国の
国章と基本的には同じものです。 ドイツの国章は、一貫して
鷲が使われています。
ワイマール共和国であろうが、ナチスドイツであろうが、現在の
ドイツであろうが、鷲なんです。実に700年間以上もの間
使用され続けており、これは日本の皇室の菊の紋章に比べると
短いかもしれませんが、その伝統はドイツ人の神聖ローマ帝国から
続いています。

ドイツなのになぜローマなのか?というと、当時の欧州では皇帝は
地上の世俗最高者であり、ローマ帝国以来ただ一人しか
存在しない者だという共通した観念があったことが理由です。
したがって唯一の帝国はイタリアでもドイツでも、ローマという
ことになります。

尚、イギリスはかつて欧州一の強国になったこともありましたが、
自国の伝統を尊重して君主のことを皇帝とは呼びませんでした。

ただ、この「唯一の皇帝」という認識はナポレオンの登場やドイツと
オーストリアの分裂、そしてロシアのヨーロッパ化(皇室はドイツ系)に
よってぐちゃぐちゃになってしまったようです。

ともあれ、古来のローマやヨーロッパでは「鷲」は力のシンボルとして
位置づけられてきました。

例えば「食物連鎖」の観点から言えば、鷲はある生物群の中で
連鎖の頂点に立っているそうで、弱肉強食の世界から見れば
鷲を食する動物は生物学上では確定できず、したがって鷲は
食物連鎖の頂点だとされています。

鷲の国章の歴史を古い順に並べると、下記の通りになります。

■13世紀初頭 金地に黒鷲の紋章が神聖ローマ帝国で使用。
■15世紀半ば 双頭の鷲の紋章が神聖ローマ帝国で使用。
■オーストリアの王家、ハプスブルク家で使用。
■ドイツ諸侯国家のほとんどが鷲をデザインした国旗となる。
■1818年、フランクフルト国民会議で鷲の国章が制定。
■1848年、北ドイツ連邦の国章となる。
■1871年、ドイツ帝国の国章となる。
■1918年、ワイマール共和国の国章として制定。
■1933年、ナチスドイツは「カギ十字」と「鷲」を組み合わせた
  国章を制定。
■1950年、ドイツ連邦共和国により鷲をモチーフにした国章を作成。
■1990年、東西ドイツの統合にあたり鷲を国章として制定。

こうして見ると、鷲へのこだわりを感じさせますね!

このこだわりからも、そしてこちらでの生活からも「国」というものが
彼らの中ではるかに深いところで、自己確立しているように
私は感じます。

例えば私が実感するのは、サッカーです。
国際間のサッカー試合はまるで戦争のようだと言われます。
サッカーというスポーツはヨーロッパでは、例えば陸上と比べて
強豪揃いですが、この辺にも理由が見つけられそうです。

そう、この夏は2018FIFAワールドカップロシアですね!
日本と鷲マークのドイツを応援いたしましょう。

ちなみに現在の国章のデザインは、13世紀のものに
戻ったものだそうです。

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以上、しのぶのドイツの国章の歴史についてでした。
お読みいただきありがとうございました。
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横丁スタッフ

Author:横丁スタッフ
ドイツ・ベルリンにある
『とりきち横丁』の
スタッフブログです。
新製品やドイツの鳥事情
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